分子生物学グループ
多機能タンパク質Praja1の機能解析
研究概要
分子生物グループでは、細胞内の働き手であるタンパク質の機能解析を通じて、生命を分子レベルで理解しようと日々研究を進めています。現在は、2つの分子機能を併せ持つPraja1と呼ばれるタンパク質を対象分子としています。Praja1は、不要になったタンパク質を認識して分解へ導く「E3ユビキチンリガーゼ」としての側面、そして細胞核のDNAを損傷から守る「DNA保護タンパク質」としての側面を持ち、両側面から包括的に研究を進めています。

「E3ユビキチンリガーゼ」としてのPraja1
生体内のタンパク質は、いつ・どこで・どのくらい発現するかが、厳密に制御されています。その中で不要になったタンパク質を分解へと導く酵素種としてE3ユビキチンリガーゼ (E3酵素) が知られています。E3酵素の働きが不十分であると、毒性のあるタンパク質ゴミが蓄積してしまい、疾患の発症や老化に繋がるとも考えられています。
取り分け、Praja1は神経変性疾患に共通して見られる凝集性タンパク質 (α-Synuclein, TDP-43, FUSなど) を幅広く認識・分解することから、疾患の発症・進行に対して抑制的に働くと示唆されています。私たちは、Praja1がアルツハイマー病など神経変性疾患で凝集するTauタンパク質をも認識・分解することを新たに見出しました1。現在は、Praja1とTauの相互作用を深堀するとともに、この性質を応用し、研究室内の電気化学グループとの共同研究として、Praja1を援用したバイオセンサーの開発にも取り組んでいます2。
「DNA保護タンパク質」としてのPraja1
細胞内のDNAは、日々、様々な要因で損傷を受けています。体内の代謝活動で生じる活性酸素種といった内的要因に加え、紫外線、癌の放射線治療といった外的要因にもさらされています。更には宇宙進出時に浴びる宇宙線もDNAを傷付けるため、将来的に人類が宇宙空間での快適性 (宇宙QOL) を追求した際に立ちはだかる課題となります。
私たちは、分子進化学的な解析を通じて、Praja1が哺乳類の進化過程で細胞核に局在できるようになったことを見出しました3。更に、核内へ進出したPraja1の生理学的な役割を探るなかで、Praja1がDNAを保護するという、これまで報告のない新たな知見を得ました4。現在は、Praja1がどのようにしてDNA保護効果を発揮するのか、その分子メカニズムの解明を進めています。
関連論文
- [1] Shiho Aoki✞, Wataru Onodera✞,※, Akihiko Takashima, Kotaro Kawasaki, Kazuki Imadegawa, Hikaru Kurahashi, Mizuho Oishi, Toru Asahi, Yoshiyuki Soeda. E3 ligase Praja1 mediates ubiquitination and degradation of microtubule-associated protein tau. The FEBS Journal. 293(8): 2212-2224. (2025)
✞ Shiho Aoki and Wataru Onodera equally contributed to this work.
※ Corresponding author
こちらの論文はEditor’s Choice articleとして選出されました。 - [2] Wataru Mori, Wataru Onodera, Terutoshi Kojima, Toru Asahi※, Takuya Nakanishi※. Interaction between intrinsically disordered proteins Praja1 and α-synuclein on gold electrodes. Chemistry Letters. 53(11):upae205. (2024)
※ Corresponding author - [3] Wataru Onodera✞,※, Kotaro Kawasaki✞, Mizuho Oishi, Shiho Aoki, Toru Asahi※. Functional Divergence and Origin of the Vertebrate Praja Family. Journal of Molecular Evolution. 92:21-29. (2024)
✞ Wataru Onodera and Kotaro Kawasaki equally contributed to this work.
※ Corresponding author - [4] Kotaro Kawasaki, Toru Asahi, Wataru Onodera※. Praja1 protects cells from DNA damage through direct DNA binding. bioRxiv. https://doi.org/10.64898/2025.12.04.691747 (2025)
※ Corresponding author
昆虫グループ
深層学習を用いた社会行動の解析
研究概要
昆虫グループでは、コオロギをモデルとした社会行動の分子基盤の解明に取り組んでいます。具体的には、深層学習を活用して求愛行動や闘争行動を高精度にトラッキングし、行動パターンを可視化しています。さらに、行動データとオミクスデータを統合し、社会行動の包括的な理解をめざします。本研究は、東京農工大学の鈴木研究室(https://web.tuat.ac.jp/~tszk/index.html)及び片岡研究室(https://web.tuat.ac.jp/~ttanaka/research/bio-info/03.html)との共同研究です。
詳しい研究内容・実績等はこちら: https://web.tuat.ac.jp/~ttanaka/research/bio-info/03.html
健康科学グループ
「からだに良い」って何だろう、を科学する
健康科学グループでは、「『からだに良い』とはどういうことなのか」をキーワードに、天然物を由来とする機能性物質の様々な健康問題や疾患に対する影響を生体および分子レベルで解き明かすことを目指しています。特にあらゆる慢性疾患の根幹にあるとされる「慢性炎症」に対して、我々が日々口にするものが体内の何に対してどう影響するのか、その結果我々の体に何が生じるのかを、動物モデルや細胞を用いて包括的に研究しています。

肥満で生じる全身の炎症を抑える内因性カンナビノイドの二面性
食べ過ぎによる肥満は全身的な炎症を引き起こし、糖尿病や慢性的な痛みなど、全身の不調の土台になることが知られています。私たちは、この炎症を体の内側から調節する機構の一つとして、CB2受容体を中心とした免疫系の内因性カンナビノイド系に注目しています。
このCB2受容体は、神経の損傷では炎症や痛みを抑える方向に働きます。ところが私たちは、食べ過ぎによる肥満の炎症では、むしろ逆に、CB2受容体が末梢神経の炎症や痛みを進める側に回ることを見出しました(Hosoki et al, Life sciences, 2024)。さらに、この「抑える/進める」の切り替わりには年齢が深く関わること、しかもヒトならば10代から30代程度と比較的若い時分で、炎症を担う免疫細胞の集まり方が大きく変わることもわかってきました。現在は、CB2受容体がなぜこのような二面性を示すのか、その背後で免疫細胞がどう作られ動員されるのかを、分子のレベルで解き明かそうとしています。
オスだけを太らせる食用昆虫由来因子から性差代謝に迫る
同じものを食べても、体の応答は人によって、そして男女によって違います。中でも代謝には大きな性差があり、内臓脂肪が溜まりやすく、肥満による不調が深刻になりやすいのは男性の側だと知られています。けれども、なぜ男性が特別に太りやすいのか、その体のしくみはほとんどわかっていません。
私たちは、ある食用昆虫の粉末を通常の餌に少量混ぜて与えると、食べる量、摂取カロリーは変わらないのに、オスのマウスだけが顕著に太るという現象を見出しました。メスはまったく太らず、この差は性ホルモンの量だけでは説明できません。つまり、性ホルモンに頼らない、オスに特有の代謝のしくみが存在することを示しています。現在は、この昆虫由来の活性成分が何であるかの特定を進めるとともに、それが体のどこに働きかけてオスだけを太らせるのか、性差を生む代謝の中枢に迫っています。
食卓の身近な要素が、炎症と体にどう関わるか
「からだに良い」を問い直す対象は、特別な成分だけではありません。私たちは、食卓にある身近な要素が体に及ぼす影響も追っています。例えば、「からだに良い」とされる食物繊維が、実際は種類を選んで摂取しないとむしろ悪影響を及ぼすことを報告しています(Ito et al, ACS Pharmacology and Translational Science, 2024)。他にも塩分の摂り過ぎが肥満による炎症や痛みの経過をどう変えるのか。香辛料に含まれる成分が炎症の調節にどう関わるのか。あるいは、食物アレルギーのように、食べたものに対する免疫の反応が体にどう波及するのか。こういった多様な問いに、日々口にするものと体の応答という視点から取り組んでいます。
計算生物学グループ
公共データと計算科学による組織の3次元構造と脳血管老化の解明
研究概要
計算生物学グループでは、爆発的に増え続ける公共の遺伝子発現データを計算科学の力で読み解き、組織がどのように構成され、加齢や疾患でどう作り変えられるのかを大規模に明らかにする研究を進めています。とくに力を入れているのが、組織の中での遺伝子発現を「どこで」起きているかを保ったまま計測する空間トランスクリプトームの解析ツール開発であり、これを脳血管をはじめとする組織の理解へつなげています。私たちは、公共データを大規模に解析するドライ解析と、共同研究による実験的検証(ウェット)という両輪でこの問いに取り組み、そのために必要な解析ツールの開発にも自ら取り組んでいます(図1)。

図1 計算生物学グループの研究概要。連続切片の空間トランスクリプトームを用いて、組織の3次元構造を比較・可視化するための解析基盤を開発している。これを軸に、組織の3次元再構成・相同部位の比較・アノテーション転写を支える。公共データの統合基盤を用いた大規模メタ解析と合わせ、ドライ解析が生む反証可能な仮説を共同研究の実験(ウェット)で検証し、結果を再び解析へ還す両輪体制をとる。
空間トランスクリプトームから組織の3次元構造を読み解く
空間トランスクリプトームは、組織の中で遺伝子発現が「どこで」起きているかを保ったまま計測する技術で、近年の生命科学を大きく変えつつあります[1]。一方で、一回の実験で得られるのは多くの場合、組織を薄く切った一枚の切片(2次元)です。組織が本来もつ3次元の構造を調べたり、複数の試料で同じ解剖学的部位を比較したりするには、連続切片を計算機上で扱いやすい形に整理し、位置ずれやデータのばらつきを考慮しながら解析する必要があります。
私たちが現在開発を進めている解析ツールは、連続切片を用いて組織の3次元構造を比較・可視化するための解析基盤です。切片ごとの位置ずれやデータのばらつきを考慮しながら、3次元再構成、相同部位比較、アノテーション転写に使いやすい形へデータを整理します。現在、公開データを用いて動作確認を進め、幅広い応用に向けて評価を整理しています。
公共データを統合する解析基盤
大規模なメタ解析には、GEO や SRA などに散在する公共データを取得・標準化・統合する基盤が欠かせません。グループでは、こうした一連の処理を一行のコマンドで実行できる Celline[5] などの公共データ統合基盤を整備してきました。これらを用いれば、たとえばヒト脳の多数の公開シングル核 RNA-seq データを統合し、細胞型ごとの加齢の指標を構築するといった解析が可能になります。空間トランスクリプトームの解析と組み合わせることで、脳血管が3次元構造と加齢の両面からどのように変化するのかに迫ります。
解析と実験の両輪
計算解析が示すのは、あくまで反証可能な仮説です。私たちは、その仮説を実験グループとの共同研究で検証する「両輪」の体制を重視しています。たとえば、複数種の公共血管データを横断的に解析し、血管内皮や血管壁細胞に関する候補分子・候補表現型を抽出しています。現在、こうした候補を局在や機能の面から確かめる実験プロトコルとして、血管生物学の共同研究者へ提案しています。同様に、血管を支える細胞の加齢変化についても、将来的な実験検証・共同研究を視野に入れています。計算が生む予測を実験で確かめ、その結果を再び解析へ還す。この循環を通じて、脳血管をはじめとする組織がどのように老い、疾患へと向かうのかを描き出すことを目指しています。
私たちが目指すもの
空間トランスクリプトームをはじめとする公共データから組織の構造と変化を読み解く解析ツールの開発、それを用いた大規模な解析、そして実験的検証。この三つを一体とした取り組みによって、脳血管が3次元構造と加齢の両面からどう変わるのかを明らかにし、開発したツールを広くコミュニティへ公開していくこと。これが計算生物学グループの目標です。
参考文献
- [1] Ståhl PL, et al. Visualization and analysis of gene expression in tissue sections by spatial transcriptomics. Science 353: 78–82 (2016).
- [2] Vanlandewijck M, et al. A molecular atlas of cell types and zonation in the brain vasculature. Nature 554: 475–480 (2018).
- [3] Yang AC, et al. A human brain vascular atlas reveals diverse mediators of Alzheimer's risk. Nature 603: 885–892 (2022).
- [4] Montagne A, et al. Blood-brain barrier breakdown in the aging human hippocampus. Neuron 85: 296–302 (2015).
関連論文
- [5] Sato Y, Asahi T, Kataoka K. Celline: a flexible tool for one-step retrieval and integrative analysis of public single-cell RNA sequencing data. Front. Bioinform. 5: 1684227 (2025).
培養肉グループ
藻類と動物細胞を用いた循環型培養(Circular cell culture)システムの開発
培養肉グループは、早稲田大学と連携している東京女子医科大学に派遣され、農林水産省ムーンショット型研究開発事業の一つである、藻類の光合成を利用し食肉細胞を培養増幅させ、培養廃液は藻類の育成に使用する「サーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)」という循環型の培養肉のエコシステムの開発を進めています。さらに、再生医療を応用した立体組織化技術により、増幅した細胞から培養肉を作製します。この新しい循環型の培養食料生産を実用化し普及させることで、持続的な食料供給と地球環境保全の両立を目指しています。

図1サーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)の概略図
培地代替としての藻類
動物細胞を試験管内(in vitro)で培養するためには、細胞の生存および増殖に必要な糖質、窒素源、ビタミンなどの栄養素を供給する必要があります。一般的に細胞培養に用いられる基礎培地には穀物由来の栄養成分が含まれています。しかし、穀物に依存した細胞培養は、食料・家畜飼料・バイオ燃料との競合による穀物価格の上昇や、穀物生産に伴う土地利用、水資源の消費、農薬・化学肥料の使用などの環境負荷を引き起こす可能性があります。
私たちは、超音波処理、塩酸などの基本的な液体酸および低環境負荷の固体酸による加水分解を行うことで、藻類から動物細胞の培養に必要なグルコースやアミノ酸などの栄養素を抽出1,2できることを示しました。その他にも様々な手法を組み合わせると、従来法では抽出効率が低かったアミノ酸の抽出効率を高められることが分かりました。これらの抽出法を組み合わせることにより90%以上の高い藻類分解率を達成しました。
培養廃液を利用した藻類育成
動物細胞は、グルコースとアミノ酸を栄養源として取り込み、代謝老廃物として乳酸とアンモニアを排出します。細胞培養では、栄養源の枯渇と老廃物の蓄積によって細胞の生存や増殖が阻害されるため、定期的に培地を新しいものへ交換する必要があります。
培地交換の際に発生する培養廃液には、細胞が利用しきれなかったリン(P)やミネラルに加え、藻類の栄養源となるアンモニアが残存しているため、動物細胞の培養廃液を用いて藻類を培養することが可能です。さらに藻類は、アンモニアをアミノ酸へ変換する能力を有しています。また、遺伝子組換えにより乳酸を動物細胞の栄養源となるピルビン酸へ変換する機能を付与した藻類³を利用することで、培養廃液を藻類の増殖に活用すると同時に、廃培地を浄化することができます。
私たちは動物細胞の培養廃液で藻類を培養したとき、老廃物を8~9割以上の効率で除去できることを確認しました。また、藻類における老廃物の栄養転換(アップサイクル)で作られた再生培養液で動物細胞が増殖することも実証し⁴、穀物フリーの培養食料また廃棄物の低減の可能性を示すことが出来ました。これらの成果は、穀物フリー培地の循環利用を可能にする「Cell Culture Circularity(CCC)」の実現可能性を示すものです。

図2 サーキュラーセルカルチャーシステム(CCC)の研究成果
細胞シート技術を用いた培養肉の作製
培養肉とは、in vitroで増殖された動物由来骨格筋・脂肪細胞を、多様な組織工学技術により立体的な組織へと構築されることによって作られる培養食料です。近年、世界人口増加と伴い肉需要が高まる一方で、従来の畜産業では家畜伝染病のリスクや温室効果ガス排出をはじめとする環境負荷の増大が課題となっており、その持続可能性が懸念されています。そのため、無菌環境下で生産することで伝染病リスクを低減でき、かつ環境負荷の低い培養肉生産システムの開発が世界中で進められています。
東京女子医科大学で開発された特許技術である温度応答性培養皿を用いると、培養細胞を酵素処理することなく一枚のシート状組織として回収することができます⁵。このシート状の組織は「細胞シート」と呼ばれ、複数枚を積層して一体化させることで厚みのある組織を形成することが可能です⁵。私たちは、大量増殖した培養鶏由来細胞を用い、細胞シート積層法による培養鶏肉の作製に取り組んでいます。さらに、酵素凝固法、スフェロイド(細胞凝集塊)充填法、細胞ファイバー法などの組織工学技術も活用しながら、実際の食肉に近い構造や食感を再現した培養肉の開発を進めています。

図3 細胞シート積層法イメージ(左)と細胞シート10枚積層で作られた培養ハム(右)
参考文献
- [1] Okamoto, Y., Haraguchi, Y., Yoshida, A., Takahashi, H., Yamanaka, K., Sawamura, N., ... & Shimizu, T. (2022). Proliferation and differentiation of primary bovine myoblasts using Chlorella vulgaris extract for sustainable production of cultured meat. Biotechnology Progress, 38(3), e3239.
- [2] Haraguchi, Y., Kato, Y., Inabe, K., Kondo, A., Hasunuma, T., & Shimizu, T. (2023). Circular cell culture for sustainable food production using recombinant lactate-assimilating cyanobacteria that supplies pyruvate and amino acids. Archives of Microbiology, 205(7), 266.
- [3] Shimizu, T., Yamato, M., Kikuchi, A., & Okano, T. (2001). Two-dimensional manipulation of cardiac myocyte sheets utilizing temperature-responsive culture dishes augments the pulsatile amplitude. Tissue engineering, 7(2), 141-151.
関連論文
- [4] Ghosh, J., Haraguchi, Y., Asahi, T., Nakao, Y., & Shimizu, T. (2023). Muscle cell proliferation using water-soluble extract from nitrogen-fixing cyanobacteria Anabaena sp. PCC 7120 for sustainable cultured meat production. Biochemical and Biophysical Research Communications, 682, 316-324.
- [5] Chu, S., Haraguchi, Y., Asahi, T., Kato, Y., Kondo, A., Hasunuma, T., & Shimizu, T. (2024). A serum-free culture medium production system by co-culture combining growth factor-secreting cells and L-lactate-assimilating cyanobacteria for sustainable cultured meat production. Scientific reports, 14(1), 19578.