精神神経疾患の分子メカニズムの解析

生物班では、精神神経疾患の発症に関わるタンパク質の機能解析により、発症メカニズムを解明するというアプローチで以下のような研究を進めています。

【精神遅滞(知的障害)の分子メカニズムの解析】
 本研究では精神遅滞(知的障害)の発症に関わるタンパク質であり、サリドマイドのターゲットタンパク質としても知られているセレブロン(Cereblon)に着目して研究を行なっています。セレブロンは様々な細胞小器官に存在するため、多機能なタンパク質であると考えられてきました。我々は、セレブロンの細胞質での機能に着⽬して解析を行い、セレブロンがプロテアソーム阻害下でE3ユビキチンリガーゼとして働き、アグリソームに集積する事で細胞死を抑制する事を示しました[1]。また、セレブロンが核にも存在し、神経発達に関わる転写因子である Ikaros に結合する事でその機能を調節する事を見出しました[2]。さらにセレブロンをミトコンドリアに特異的に発現させる事で、セレブロンが Lon プロテアーゼと同様に、抗酸化ストレス・細胞保護機能を持っている事を明らかにしました[3]。また、ドイツのボン大学・Hoch 研究室との共同研究により、ショウジョウバエのセレブロンをゲノム編集技術により欠損させると、通常のショウジョウバエに比べて体のサイズが大きくなることを明らかにしました[4]。現在は脳の発達期におけるセレブロンの役割の解明を目指して研究を行っています。

【アルツハイマー病の分子メカニズムの解析】
 本研究ではα7型ニコチン性アセチルコリン受容体 (Cholinergic receptor, nicotinic, alpha 7 (CHRNA7)) に着目して研究を進めています。このタンパク質は統合失調症の候補遺伝子産物であるとともに、アルツハイマー病に見られる老人斑の構成タンパクであるアミロイドβタンパクと結合することから、アルツハイマー病と統合失調症の発症機序に関係していると考えられています。我々は、Arctic 変異が見られる家族性アルツハイマー病では、Arctic Aβの結合と凝集によりCHRNA7の機能が阻害される事を示しました[5,6]。現在はCHRNA7の関わる神経細胞の機能である、記憶と神経細胞死抑制効果への影響についての詳細なメカニズムの解析と、発症を遅らせる物質の探索を目指して研究を行っています。


異分野(化学・物理・材料系)との融合研究

以下のような生物系以外の分野との融合研究も積極的に推進しています。

【光に応答してエネルギーが増加する哺乳類培養細胞の作製】
 神戸大・原清敬准教授との共同研究により、細菌由来のプロトンポンプの機能を持つタンパク質を哺乳類培養細胞のミトコンドリアで特異的に発現させることにより、光に応答してプロトン駆動力(あらゆる生物のエネルギー源)が増加する細胞を作製することに成功しました[7]。これは、植物で見られる光合成の一部を哺乳類培養細胞で再現した画期的な成果と言い換えることができます。将来、再生医療技術との融合によりパーキンソン病などの治療にも役立つ可能性も秘めています。

【アルツハイマー病特異的な生体分子を検出するセンサの開発】
 本学応用化学科の逢坂研究室との共同研究により、アミロイドβタンパクの凝集体を迅速に検出する技術の開発を行い、アミロイドフィブリルに特異的に結合する化合物であるコンゴーレッドを半導体センサに固定し、アルツハイマー病に沈着する老人斑の構成成分であるアミロイドβタンパクの凝集体を迅速に検出する技術を開発することに成功しました[8]。将来的にこの技術の開発を進めることにより、血清中の凝集したアミロイドßタンパクを特異的に検出することができれば、アルツハイマー病の早期診断につながると考えられます。

【サリドマイドの神経細胞に対する新たな薬理効果】
 本研究では「キラリティ(Chirality; 対掌性)」といわれる特別な構造をもつ化学物質であるサリドマイドに着目し、その神経細胞内での反応メカニズムの解明を目指しています。サリドマイドには催奇性があることから、長い間その使用が禁止されていましたが、 近年ハンセン病や多発性骨髄腫の治療薬として使用を承認されたことで再び注目されています。また、サリドマイドのターゲット分子として上述のセレブロンが同定され、創薬ターゲット分子として注目されています。サリドマイドは分子の中に一箇所不斉炭素を持ち、キラリティを持つことから、S体とR体のエナンチオマー(鏡像異性体)が存在します。本研究では、サリドマイドのエナンチオマーによる神経細胞内での化学反応のメカニズムや薬効機序の違いを調べています。


参考文献

[1] Naoya Sawamura, Satoru Wakabayashi, Kodai Matsumoto, Haruka Yamada, Toru Asahi. Cereblon is recruited to aggresome and shows cytoprotective effect against ubiquitin-proteasome system dysfunction. Biochemical and biophysical research communications 464, 1054-1059 (2015)

[2]Takeyoshi Wada, Toru Asahi, Naoya Sawamura. Nuclear cereblon modulates transcriptional activity of Ikaros and regulates its downstream target, enkephalin, in human neuroblastoma cells.Biochemical and Biophysical Research Communications 477, 388-394 (2016)

[3]Kosuke Kataoka, China Nakamura, Toru Asahi, Naoya Sawamura. Mitochondrial cereblon functions as a Lon-type protease. Scientific Reports 6, Article number: 29986 (2016).
→本研究の内容は早稲田大学ウェブサイトでも紹介されました。詳しくはこちら

[4]Satoru Wakabayashi, Naoya Sawamura, André Voelzmann, Meike Broemer, Toru Asahi, Michael Hoch. Ohgata, the Single Drosophila Ortholog of Human Cereblon, Regulates Insulin Signaling-Dependent Organismic Growth. Journal of Biological Chemistry, J. Biol. Chem 291, 48, 25120-25132 (2016)

[5] Ye Ju, Toru Asahi, Naoya Sawamura. Arctic mutant Aβ40 aggregates on α7 nicotinic acetylcholine receptors and inhibits their functions. Journal of neurochemistry 131, 667-674 (2014)

[6] Ye Ju, Toru Asahi, Naoya Sawamura. Arctic Aβ40 blocks the nicotine-induced neuroprotective effect of CHRNA7 by inhibiting the ERK1/2 pathway in human neuroblastoma cells. Neurochemistry International 110, 49-56 (2017)

[7]Kiyotaka Y. Hara, Takeyoshi Wada, Kuniki Kino, Toru Asahi, Naoya Sawamura. Construction of photoenergetic mitochondria in cultured mammalian cells. Scientific reports 3, 1635 (2013)
→本研究の内容は早稲田大学ウェブサイトでも紹介されました。詳しくはこちら

[8] Sho Hideshima, Masumi Kobayashi, Takeyoshi Wada, Shigeki Kuroiwa, Takuya Nakanishi, Naoya Sawamura, Toru Asahi, Tetsuya Osaka. A label-free electrical assay of fibrous amyloid β based on semiconductor biosensing. Chemical Communications 50, 3476-3479 (2014)