固相光反応

光で曲がる結晶


図1. アゾベンゼン結晶の光屈曲[2]


図2. アゾベンゼン結晶の熱相転移による
     (左)尺取り虫歩行 (右)高速走行[10]



図3. サリチリデンアニリン結晶の光熱効果
     による屈曲とシミュレーション[13]

 結晶は分子が3次元的に規則正しく密に凝集し、硬くて崩れ易いというイメージがあり、 外部刺激によって動くことは不可能であると長い間考えられていた。しかし、2007年にジアリールエテン結晶が紫外光照射により 屈曲することが初めて報告された [1]。 この現象はフォトメカニカル効果と呼ばれ、結晶内部の分子の光異性化による 結晶構造の変化に由来している。それ以降、われわれのグループはフォトメカニカル結晶の開発を行っており、アゾベンゼン(図1)[2,3,4]、 サリチリデンアニリン[5,6]、フルギド[7]、アントラセン[8]、ベンゾバレレン[9]などの結晶のフォトメカニカル現象を報告している。 加えて最近、加熱・冷却することで結晶が基板上を尺取り虫のように歩いたり、高速で走る「ロボット結晶」を開発した(図2)[10]。 2019年には、光照射により結晶が相転移を起こす「光トリガー相転移」という新現象を発見し、光と熱による複合的なメカニカル運動の創出にも成功した[11]。

 さらに2020年には物質の光励起により急速に発熱する”光熱効果”によって結晶が25 Hz の高速で屈曲することを初めて発見し、光を吸収するあらゆる結晶をあらゆる波長の光で高速で動かすことが可能になった[12]。2021年には屈曲機構の解明及び 500Hz の高速屈曲の創出にも成功した[13]。 これら光や熱などの外部刺激によりメカニカルに動く有機メカニカル結晶は、学術的に興味深いのみならず、金属より柔らかく軽いため、 ソフトロボットのアクチュエーターやセンサーへの応用が期待されている。

研究内容の主なプレスリリースはこちら。

 ・歩き走るロボット結晶の開発に世界で初めて成功[10]

 ・世界初 結晶の新しい「光トリガー相転移」の発見と機構解明 光応答性結晶材料への応用と実用化に期待[11]

 ・光熱効果により高速で動く結晶を開発[13]



結晶相光重合


図4. トポケミカル重合の模式図
 可逆的に重合・解重合可能な有機分子は、再生可能な高分子材料として、低炭素社会に貢献すると期待される。 これまでに、可逆的に重合する分子は多く報告されてきており、光反応では、Diels-Alder反応のような熱反応に比べて穏やかな条件で可逆的に重合が達成できるため、 環境への負荷の小さい重合方法と言える。トポケミカル重合は、モノマー結晶が結晶性を保持したまま高分子を生成する固相重合で、反応はスムーズに進行する。 一般的な有機溶液中での重合反応と異なり、有機溶媒を用いることなく高分子を合成できることから、化石資源の使用を低減し、低炭素社会実現に貢献しうる合成方法である。 しかしながら、結晶中でトポケミカル重合反応を可能とするためには、分子間の反応部位が結晶中で近接している必要があり、そのような報告例は少なく、 さらに、可逆的なトポケミカル重合・解重合については1例のみ報告されている[14]。われわれは、結晶中でトポケミカル重合が起こる分子の設計および反応機構の解明を目指している。


マイクロ波化学

 1950年代に家庭用電子レンジが誕生してから、マイクロ波は家庭で身近なものとして使用されてきた。また、マイクロ波は工業的に様々な分野においても用いられてきた。特に有機合成の分野では、1986年にマイクロ波加熱を用いた有機合成が初めて報告されてから、広く利用されている。それらの多くは、通常の加熱方法であるオイルバスやヒーターをマイクロ波加熱に変更しただけのものである。しかし、通常加熱と同じ温度でマイクロ波加熱を行っているにもかかわらず、反応時間が短縮される、収率が上昇するなどが報告されている。このの効果は通常の加熱効果とは異なる効果であるとして「非熱的効果」と表現される。非熱的効果の真偽に関して様々な議論がされているが、未だに非加熱効果を明確に証明したデータは報告されていない。われわれはマイクロ波の非加熱効果機構解明を目指している。これらが達成されると、マイクロ波化学の理論面が確立され、工業への更なる応用が可能となると考えられる。


参考文献

[1] S. Kobatake, S. Takami, H. Muto, T. Ishikawa, M. Irie, Nature, 446, 778-781 (2007).
[2] H. Koshima, N. Ojima, H. Uchimoto, J. Am. Chem. Soc., 131, 6890-6891 (2009).
[3] H. Koshima, N. Ojima, Dyes and Pigments., 92, 798-801(2012).
[4] T. Taniguchi, J. Fujisawa, M. Shiro, H. Koshima, T. Asahi, Chem. Eur. J. 22, 7950-7958 (2016).
[5] H. Koshima, K. Takechi, H. Uchimoto, M. Shiro, D. Hashizume, Chem. Commun. 47, 11423-11425 (2011).
[6] H. Koshima, R. Matsuo, M. Matsudomi, Y. Uemura, M. Shiro, Cryst. Growth Des. 13, 4330-4337 (2013).
[7] H. Koshima, H. Nakaya, H. Uchimoto, N. Ojima, Chem. Lett., 41, 107-109 (2012).
[8] H. Koshima, H. Uchimoto, T. Taniguchi, J. Nakamura, T. Asahi, T. Asahi, CrystEngComm, 18, 7305-7310 (2016).
[9] T. Taniguchi, A. Kubota, T. Moritoki, T. Asahi, H. Koshima, RSC Adv., 8, 34314-34320 (2018).
[10] T. Taniguchi, H. Sugiyama, H. Uekusa, M. Shiro, T. Asahi, H. Koshima, Nat. Commun., 9, 538 (2018).
[11] T. Taniguchi, H. Sato, Y. Hagiwara, T. Asahi, H. Koshima, Commun. Chem., 2, 19 (2019)
[12] Y. Hagiwara, T. Taniguchi, T. Asahi, H. Koshima, J. Mater. Chem. C, 8, 4876–4884 (2020).
[13] S. Hasebe, Y. Hagiwara, J. Komiya, M. Ryu, H. Fujisawa, J. Morikawa, T. Katayama, D. Yamanaka, A. Furube, H. Sato, T. Asahi, H. Koshima, J. Am. Chem. Soc. 143, 8866–8877 (2021).
[14] P. Johnston, C. Braybrook, K. Saito, Chem. Sci., 3, 2301 (2012).